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耕介が待ち合わせ場所に指定したのは花火大会のある河川敷の最寄り駅から2つ前の駅。織羽の家からは15分ほどの距離だった。
栞は履き慣れない下駄に悪戦苦闘しながら、小さめの歩幅で歩いていた。花火大会のせいか、駅に近づくにつれ、周りに人が増えていく。彼女は綺麗な浴衣を着て、着飾った女の子を見る度に、自分はおかしくないか不安になった。
──なにか、見られてる気がする。
落ち着かない彼女だったが、それ以上に落ち着かないのは周りの男たち。他の女の子より格段綺麗な彼女に見とれないはずはなく、熱心な視線を送っていた。
15分後、栞は待ち合わせ場所に着いたが、そこに耕介の姿はまだ無かった。栞は時計を確認するが、待ち合わせの時間までは15分ほどある。彼女はちょうど空いていた近くのベンチに座って待つことにした。
「ねえ、君、一人?」
座ってすぐ、明らかに軟派な男が声をかけてきた。茶髪に“日サロで焼きました”と言わんばかりの小麦色(もはや焦げ茶色~黒)の肌。どこをどう考えても栞が相手するような男ではない。
「………」
「あっれ~?シカト?…ねぇお姉さんっ!」
無視を決め込んだ彼女はその男を見なかったことにし、完全に顔を背ける。しかし、男はしつこく声をかけ、少し空いていたベンチの隙間に腰掛け、ニヤニヤしながら栞の肩に手を回した。
「…触らないでください」
図々しい男の振る舞いに栞は苛々とした口調で、男の手を振り払う。
「えーいいじゃん、ちょっとくらい。ね?あそぼ?」
振り払われた手を見ると、小さく息を吐き、栞に向き直る。そして、そう言いながら今度は腰に手を回し、ぐいっと自分の方へ栞を引き寄せる。
「──ッ…。やめ、」
嫌な記憶が脳裏を過ぎった。
泣きそうになる栞に、男はニヤニヤしながら言った。
「泣くの?泣いちゃうの?ほんと可愛いねぇ」
ぐっと唇を噛む栞はぎゅっと目を瞑る。
──緒方くん…っ。
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