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「す、すんません旦那。うっかり足をすべらせちまって……」
モゴモゴと謝罪を口にする物乞いだが、男はその間、フードの奥から物乞いを見下ろしていた。なんら感情の色を瞳に浮かべずに……
いたたまれなくなったのか、物乞いはへッと平伏し、そのまま黙ってしまった。
普通の人間が物乞いを相手にする時は、施しを与えるか危害を加えるかの、どちらかと相場が決まっている。今の状況で、前者は有りえ無いであろう……
だが物乞いの予想を裏切り、男は酒瓶を這いつくばった物乞いの前に置くと、雨に打たれるのも構わず、軒下から路地裏へと歩み去った。
「へへぇ~、ありがたやありがたやありがたや……」
物乞いは立ち去る男の背に向かって、土下座したまま念仏のように繰り返した。
僅かに顔を上げ、男が去った事を確認すると、先程まで男が立っていた軒下に入り込み、酒瓶のキャップを開けてグイッと煽った。
不意に、力強い手が酒瓶を持つ腕を掴んだ。立て続けに入った邪魔に、物乞いは顔をしかめて抗議する。
「なにしやがんだ! 乞食だと思って馬鹿に――」
そこで、言葉が途切れる。
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