迷い犬

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 物乞いは顔を引き吊らせ、己の腕を掴んでいる“そいつ”を見つめた。その顔色がおぞましさによって、青ざめるのにさして時間はかからなかった。  それは人の形をしているが、明らかに人ではない。  衣服をまとっておらず、皮膚は青白く、なんとも形容し難い奇妙な匂いを発している。  のっぺりした顔付きに、瞳の無い赤いガラス玉のような目を光らせ、下顎からはやけに発達した犬歯が、唇を押し退けて尖端を覗かせている。  体格はひょろりとして頼りないが――掴んでいる手は万力のような力で締め付けてくる。  そしてなにより、頭髪の全く生えていない頭頂から、一組の角が生えている事が、人外の存在である事を雄弁に物語っていた。 「な、なんだおめぇは!?」  物乞いが裏返った悲鳴を吐き出したのが、恐怖による物だということを理解したのか、それは口角を吊り上げ嘲笑った―― 「ぅわああああああ、助けてくれぇっ!!」  必死の懇願が、貧民街の一角に木霊した。  物乞いは逃れようと必死にもがき、腕を振り回して暴れたが、いっかなそれが掴む力は緩まない。それは荒々しく物乞いを抱きすくめると、露となった首筋に牙を立てた。
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