迷い犬

7/20

39人が本棚に入れています
本棚に追加
/90ページ
 スローイングダガーを投じた張本人――今やフードが裂け、二十代半ばと思しき素顔を晒した男は、ボサボサの黒髪と浅黒い肌を雨に晒しつつ、立っていた場所から横へ一歩ずれた位置に移っていた。  男は路傍の石ころでも見るかのように、怪物に目を向けている。  怪物は残り一つとなった目で、今や自らの生命を脅かす存在となった男を睨みつけ、怒りの咆哮を上げた。  激情に駆られるままに爪を振り上げ再度男に挑みかかる。  今度は男も動き出す。だが猛烈な勢いで迫り来る怪物に対し、男はただ悠然と歩くのみだ。  男と怪物の距離がゼロになった瞬間――怪物の爪は振り下ろされ、確かに肉をえぐるはずであった。  だが男が振るった左腕は怪物の速度を易々と上回り、怪物が振るう腕の内側に差し込み、弾く。  その結果怪物の腕の軌道は逸れ、何もない空間を切り裂くだけとなった。だが男の腕は一撃を弾いただけに留まらず、そのまま伸びた。  それは怪物の首にラリアットを見舞う形となる。  突っ込んでくる怪物自らの勢いによって衝撃が増し、無残にも頸骨が砕ける音が雨の下でも明確に響いた。  怪物の口からは盛大に鮮血が吹き上がった。
/90ページ

最初のコメントを投稿しよう!

39人が本棚に入れています
本棚に追加