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老兵士は荒野の丘に立っていた。
冷たい朝である。老兵士は生まれ育った都市を見下ろしていた。だが眼下に広がるそれはもはや都市と呼べるものではなかった。
異民族に攻めこまれ、彼と彼が属する軍は、それを撃退せしめることが出来なかったのである。
攻めこんだ異民族、北方の騎馬民族スキタイは、街をその蹄にかけ、蹂躙し尽した。そして略奪を終えると疾風の如く去って行き、後には廃墟と化した都市が残った。
戦は終わった。
終生ここを守り、その為に死ぬのだと信じて疑わなかった都市がすぐ真下で残骸となり果てている。それなのに自分は生き残ってしまった。
その現実に心は虚しさに満たされ、もはや悲しみさえも沸き起こらなかった。
都市を燃やし尽した炎はほぼ鎮火してはいたが、まだあちこちで煙がくすぶり、吹く風には煙たさと焦臭さが混じっていた。
いくつだかはわからないが兵士は初老である。短い髪は白髪で、顔には胡麻塩の髭があった。
その顔は無表情であったが些か陰りが見える。しかし深い緑色をした瞳の眼光はまだ鋭く、身体はいくつもの傷が見えるとはいえ逞しかった。
皺のある顔立ちは彫刻されたようにほりが深い。一見してヨーロッパ系であることが見て取れた。
時は紀元前2世紀半ば。ここは中央アジア。現在で言うとアフガニスタン。隣接するタジキスタン近く、アム・ダリアと呼ばれる河の畔である。
老人はかってここに移り住んだギリシア人の子孫である。地中海沿岸に住むギリシア人が何故ここにいるのか、それにはさらに200年ほど時を遡らねばならない。
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