Chapter1

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▼ 毎日昼前に訪れる診察室は、梅雨のじめじめした湿気が充満していて、かなり蒸し暑かった。 エアコンが稼動しているはずなのだが、まるで涼しさを感じない。壊れてるんじゃないのか、コレ? もしくは、機械もストライキを起こす時代が、遂に幕を開けたのかもしれない。 だとしたら、地球が滅ぶ日はそう遠くない。早く火星にでも移住すべきだ。 窓の外の雨音を聞きながら、肩まで捲り上げていた、薄い水色の患者服を元に戻す。 回転式の椅子をクルリと向けると、僕の担当医であるルネ先生が、手元のカルテに、今日の診断結果を熱心に書き込んでいるところだった。 「終わりました?」 ボールペンから手を離すのを見計らって、僕は白髪の先生に尋ねる。 服も汗ばんできているので、早々にこのクソ蒸し暑い部屋から退出したかった。 「ええ、特に問題ありませんでした。いたって健康……今のところ後遺症も見あたりません。もう二、三日様子をみて、何事もなければ、一週間後には退院しても大丈夫でしょう」 「あ、ホントですか?」 「あくまで“今のところは”の話ですけどね。身体の方に異常は診られませんので。ただ、背中の傷跡は、一生残ってしまうかもしれませんが……」 汗でずり落ちかけた眼鏡を直しつつ、先生は落ち着いた口調で答える。 若狭琉子(わかさ るね)……通称ルネ先生は、丁寧で生真面目な性格をしていながらも、かなり珍妙な外見をした医者だった。 身長は僕よりやや低めで、パッと見た感じ二十代前半くらいの、少々頼りなさげな若者の印象を受ける。 真面目そうな顔に丸眼鏡をかけ、当然だが医者の白衣に身を包んでいる。 それだけなら、どこにでもいる普通の若医者だが、注目すべき点はその頭髪だ。 なんと、だらしなく背中まで伸ばした髪全体を、真っ白に脱色しているのである。(さすがに地毛じゃないよな?) オマケに髪の質なのか、漫画のキャラクターのようにトゲトゲとしており、まるで白いハリネズミがぶら下がっているようなのである。 触ったら痛いな、たぶん。 と言うか、この時期にそのロン毛は暑くないのだろうか。
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