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……いまのは、いったい…?
コッソリと横目で、護さんを盗み見る。
グレーのスーツの皺を伸ばしながら、蜜柑ちゃんの名前をブツブツ連呼している彼は、やはり、どこにもおかしな様子はない。
……でも…だけど…。
厳しい顔で、眉間に深い皺を寄せながら、意味不明な言葉を呟いていた護さん。
まるで、何かを悔やむように――――。
そうだ。
さっきの表情には、昼間健介が見せたものに似た色が混じっていたんだ。
大切な人を守れなかった……そんな、罪悪感と後悔の念が…。
僕は腕を組み、先ほどの護さんの表情を思い出す。
確かにそんな感じだった。
気のせいじゃない……と、思う。
確証は持てないけれど、正直者の僕には何となく判る。
…あれは間違いなく、嘘偽りのない素直な感情。
過去の何かを悔やむ、護さんの後悔の表れ。
けれど………、いったい何を悔やむっていうんだ?
隣に座る、黒髪の少女を見やる。
蜜柑ちゃんは、白いベッドの上でぽふぽふ跳ねながら、袋から取り出したクリームパンを、嬉しそうに頬張っている。
彼の大切な妹は、入院してはいるものの、こうして元気に生きているのに…。
理解していると思っていたこの兄妹から、次々に湧き上がってくる疑問。
しかし、ただの高校生に過ぎない僕が、いくら考えたところで、答えが出ることはなかった。
窓の隙間から入り込んでくる、静かな雨音と湿った土の匂い。
晴れ渡っていた筈の空は、いつの間にか黒い雨雲に覆われ、無数の水滴を、地上に撒き散らしていた……。
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