Prologe.“入学式”

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自問自答を繰り返す蓮に夏奈は溜め息を小さく漏らすとつかつかと目の前まで来て蓮のネクタイをぐっと引っ張った。当然蓮は首が絞まって苦しくなる。 「ぐっ…は、なせっ!」 抵抗しようにも蓮にはできなかった。ネクタイを引っ張られた事により夏奈の顔が至近距離にあったからだ。例え自分に対して怒っているんだとしてもこの距離はこの上ない幸せである。惚れた弱みとはまさにこの事だろう。口では照れ隠しにぶっきらぼうで返すものの赤くなった頬がそれを許してはくれなかった。 「あたしの話ちゃーんと聞いてた?何で答えないのかなぁ~‥蓮クーン?」 「わ…わかったよ、わかったから離せっ!(頼むから上目使いで見るなぁあっ!)」 「はぁ?ったく‥ヘンなヤツ…高校が楽しみ過ぎて頭イカれたんじゃない?」 「(お前のせいだ、お前の!この歩く天然爆弾っ!)」 まさしく惚れた弱みとは恐ろしい。ようやく解放されたものの、中々顔に集まった熱は引かなかった。ぶんぶんっと首を振って蓮は強引に平静を取り戻そうとした。 「で?学校はどこよ?」 「──あっち。駅前を通るぜ?」 「え~‥駅前なのぉ?…あそこ人が多いじゃ~ん‥裏道から行こうよ~?」 「オイ、いくら俺が小心者でも頼れるお前の幼馴染みでもその願いだけは聞き付けないぞ」 “甘えモード”な夏奈に蓮は眉を潜めた。夏奈はいわゆる“甘え上手”なのだ。自分が容姿に恵まれていると知ってるのか、それとも天然なのかは定かではないがこうして甘えだすのは簡単に言うと“めんどくさい”とか“嫌だ”というような意思表示なのだ。 「れ~ん~くんっ♪チャリの後ろ、乗せて?」 「はぁ?何で?」 「あたしが疲れないために決まってるでしょ♪ほら、はーやーくっ」 「勘違いされてもいいのかよ?」 「何を?」 きょとんとした顔で夏奈は聞き返す。流石は蛍の娘、世界一いや宇宙一の鈍感さを持ち合わせていた。夏奈は10年以上蓮が傍にいても蓮の気持ちにもまったく気付いていない。つまり、まったく恋愛対象にも見ていないのだ。 「もーいい‥ほら、乗れよ」 「さんきゅー♪」 蓮の買い換えたばかりの新しい銀の自転車の後ろに夏奈は座った。恐らく夏奈の頭の中は今日から始まる新しい生活への希望でいっぱいなのだろう。端から見てもわかるように嬉しそうに微笑んでいた。
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