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学校までは約一時間の道のりで、普段でも充分億劫な夏の登校は、彰人の弱った体に酷だった。眩暈を起こして駅のホームで一瞬意識をなくし、鈍い足取りでそれでもなんとか学校につく頃には、すっかり昼休みも終わって午後の授業が始まっていた。
誰もいない廊下と漏れ聞こえる授業の様子に、教室に入る気が削がれて彰人は吐息する。
自分とは無関係に進んでいる現実を見せつけられて、なんとなく日常から疎外された気分だった。
今更この怪我で保健室や職員室に行くのは詮索してくれというようなもので、それは嫌だった。
家にいたくなくて、独りでいたくないから、学校に来た。けれど、口うるさく詮索されるためには、来ていない。
廊下でぼんやりと突っ立っているのも辛くなってきて、彰人はゆっくり歩き出した。向かうのは人気がなさそうな屋上で、道すがら開いてみた携帯には、中学からの親友である由香里からのメールが届いていた。さりげなく気遣う文面をうれしく思って、授業中だが「屋上に居る」と返信する。
彰人が唯一無条件で信頼しているのが、中学からの親友の彼女だった。
彼女は彰人についておそらく両親よりも正確に理解しているし、彰人は彼女を今誰よりも信用している。両親よりも、だ。
屋上に続く階段を昇りきり、開け放ったスチール製の重たいドアから押し寄せた熱風に、彰人は腕で顔を覆った。建築物が遮蔽していた光が、押し寄せる。
熱風と、太陽光線と、蝉の声。彼方に揺らぐ陽炎と、日本の夏の容赦ない湿度。
何とか慣れて前を見ると、圧倒されるほど青い空に、白い背中が浮かんでいた。
背の高い、やや痩せた背中。真っ白の長袖シャツに、シャンプーのCMみたいに艶やかな黒髪。
思い当たる人間が一人だけ居た。けれど違うと、脳が一瞬で判断する。
彼は煙草なんて吸わない。
真っ青な空にぽっかり浮かぶ白い背中は、赤錆の浮いた手すりに寄りかかってのんびりと紫煙をくゆらせていた。彰人にも分るほどはっきりと、空に煙がたなびいている。
男がゆっくりと振り返った。
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