一章

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父親が祖母の家に顔を出したのは数カ月後の事だった。 無精髭だった髭を綺麗に剃り父は真新しいスーツを着て婆ちゃんの家にやって来た。 海外で仕事をする事を決め家族三人で暮らしていた家を売り払い小学校三年生だった俺は父に<海兎はどうしたい?>と聞かれ単純に友達と離れるのが嫌で<婆ちゃんといる>と答えた事を覚えている。 幼いながらにも父が母の事を本当に好きだったんだと俺なりに理解していたつもりだし日本にいる事で母を思い出すのが父は凄く辛かったんだと思う。だから日本を離れ海外に行く父を俺は責めたり怨んだりはしなかった。 母が亡くなったあの夜と父が海外に行った日の夜、俺は婆ちゃんの膝の上で泣き疲れるまで泣いて眠った。 一年に二度帰ってくる父との再会は何だか照れ臭くてきごちなかったけど父と会う日がクリスマスよりも誕生日よりも何よりも楽しみで俺に取ってはスペシャルイベントの一つみたいなものだった。
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