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“仕事”はだいたい、“組織”が借りている、アパートの1室で行われる。
今日の客は、1人目も2人目も、どちらも割合、スタンダードな運びで、由香は普通程度の疲れですんだ。
“仕事”が終われば当然、行きと同様、また組織の人が、車で家の近くまで送ってくれる。
上手くやればね、これで、たくさん稼いで、将来きっと、バラ色なのよ。だから、私は無駄に、つまずかないように。つまずかないように…。うん。私はまだ、つまずいてなんかいない。つまずいてなんかいない。だけどそれは、もしかすると私が、ただ、そんなふうに信じていたいっていうだけのことなのかもしれないけれど…。
車の中で由香は、今日は珍しく、激しい罪悪感に襲われた。
こんな気持ち、最初の頃は、時々あった。だけど、最近の私にはなんだか、いつしかすっかり、忘れかけていた気持ち。
大学生の“運転手”が、やたらと話しかけてくる。由香なら当然半分無視で、ぼんやり窓の外ばかり。由香はいつでもこんなかんじだ。例えば行きつけの美容院でも、美容師のトークには絶対乗らない。
窓の外なら、もうなんて真っ暗。
わー…。10時、過ぎちゃいそう。
塾帰りの中学生。自転車だとか、歩きとか、親の車で迎えとか。
ねぇねぇ、“人生”ってやつにおいて、あの子たちが知っていて、私が知らないことってなんだろう。そして、じゃあそれとは逆に、私が知っていて、あの子たちが知らないことはなんだろう。
由香はぼんやり、そんなことを考えた。
答えなんて、きっとない。だって、あの子たちも私も、どうせ人生のことなんて何ひとつ、何ひとつわかりもしないまま、いつのまにか、“大人”って呼ばれるようになっていく。きっとただ、それだけのことなんだから。
流れていく、街の明かりたち。そして人の群れ。
由香はふと、今日始めて運転席の方を見た。
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