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午後8時、セールに惹かれた人々の相手に追われて、あっという間にイブの営業も終了し、佐登美と二人でレイチェル邸に向かった。
美奈絵は午後8時半頃、直接レイチェル邸に来る予定になっている。
クリスマス一色に華やかに彩られて、カップルの割合の多い道を佐登美と歩いていると、1年前の雰囲気を思い出した。
あの時は一人だったので、何かもやっとした、はっきり言えば暗い気分だった。
今日は今から「さあ、誕生パーティだ!」と、ちょっとお祭り気分だ。
多分……。
心の奥で、ある気持ちが飛び出してきそうになっているのがわかるけど、それに目をつぶるくらいは大人になれたはずだ。
「どうしたの?」
佐登美が私の顔を見て聞いてきた。
「ううん。クリスマスだなぁ~って」
「ふうん」
佐登美はわかっているようだが、いつものように、それ以上は聞かなかった。
今を楽しむように、ゆっくり坂を登った。
しばらくしてレイチェル邸の灯りが見えると、いつものごとく、あの暖かさを感じた。
あそこには私を待っている人がいる。
「ただいま!」
私は元気にドアを開けたが、ほぼ満席で賑わっているざわめきに、その声はかき消された。
「わお、いっぱいだねー」
佐登美がその賑わいに驚いていた。
「やっぱ、イブだし」
「お帰り!」
さゆりさんがカウンターの向こうから手を振った。
「ただいま!」
あらためて軽く手をひらひらさせながら言った私に、さゆりさんは階段下のテーブルを指さした。
前に佐登美の誕生祝いをした特等席のテーブルが予約席になっていた。
私はわかったと手を挙げて、階段を下りた。
佐登美に勧められて、坂道側の角に座った。
そっちの方が夜景は見やすい。
「今年もいろいろお世話になったね」
私は夜景をしばらく堪能した後、佐登美に向き直って言った。
「こちらこそ」
佐登美も夜景を眺めていたが、私の方に向き直って言った。
美奈絵が来るまで、まだ時間があったので佐登美と、とりとめのない話をした。
こういう、話をできる相手がいることが、今はどれだけ幸せなことかわかっている。
世の中、大切なモノを失ってから気付く人が多いけど、それだけは避けたいと30になってつくづく思った。
今も一つ失いかけている……
いや……、失ったんだ……
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