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午後8時になり店を閉めた後、紀子さんに言われてタクシーを呼んだ。
紀子さんが運転手に告げた行き先は、車で30分くらいの西の海岸だった。
シーサイドビューが続き、ドライブにもってこいの道で行くその辺りは、洒落た店が多い。
夏は幅が狭いながらも砂浜が続くので海水浴客で賑わう。
それ以外にも水族館があるので、年中楽しめる。
紀子さんの予約した店はレストランが集まった地区の一番はずれの地元牛のローストビーフのお店だった。
入り口にライトで照らされた小さな木の看板があり、「広瀬」と彫られていた。
光量を落とし、ほぼランプだけで照らされた店内に入ると、案内された窓辺の角の席が予約席となっていた。
それ以外はやはり満席だった。
席からは夜の海に輝く光の帯が見えた。
この辺りは海峡が狭いので対岸の街の灯が見えるのだ。
そして、ライトアップされた対岸を繋ぐ大橋が遠くに美しく輝いている。
「紀子さん、いつもありがとうございます」
声の方を見るとダークグレーのスーツ姿の男性が立っていた。
かなり背は高く、こざっぱりとした髪型で笑顔が素敵だと思った。
年は40才くらいか。
「こんばんわ。相変わらず流行ってるようね」
彼と握手をしながら紀子さんが言った。
ただの常連ではなく、知り合いのようだ。
「ええ、おかげさまで。今夜は素敵なお嬢さんとご一緒なんですね」
「今度、うちのle vantの店長になる桐渕たか子よ」
そう言われて、お店を任せるってそういうことだったのかとびっくりした。
「それはそれは。すると、画廊の話が動き出したんですね?」
「ええ」
「では、おじい様の武村コレクションも扱うんですか?」
「それはまだ未定ね。祖父が許してくれるかどうかだから」
「もし扱うのなら、是非声をかけてくださいね」
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