第2章 クリスマス~二つの出会い

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「ちょっと砂浜に降りてみようか」 店を出ると、紀子さんが言った。 「はい」 私もそうしたい気がしていた。 店のすぐ横に、砂浜へ降りていく階段があった。 海の方を見たが、店の明かりや街灯で周りが明るいので何も見えなかった。 砂浜への階段を降りていくと、街灯の光が急に届かなくなり、視界が真っ暗になった。 階段を踏み外さないように足下を見ながらゆっくり降りると、代わりに夜の海が浮かび上がってきた。 波は静かだった。 白い波が打ち寄せてくる。 遠くに光の帯が続く。 途切れるようなゆっくりとした波の音だけが耳を打つ。 空気が凍てついているが、幸いに風がない。 コートの襟元を閉めると身体の温かさが留まった。 時間が経つのを忘れて夜の海を眺めていた。 気が付くと、紀子さんも腕を組んで無言で海を見つめている。 「生きてるって感じするよね」 私が現実に戻った時、紀子さんが言った。 「ええ。ほんとにそんな感じですよね」 「広瀬に来た時はいつもここに降りて来るの。波の音は最高の癒しよ」 「アロマより癒しかもしれませんね」 「そうね。仕事柄認めたくないけど」 口ではそう言っているが、揺らぎの音に魅了された表情で紀子さんは言った。 沖合を通る船がボーッと汽笛を鳴らした。 気が付くとまた夜の海に魅入られていた。 「画廊はいつから始めるんですか?」 我に返ったところで聞いてみた。 「年明けにle vantの上のブティックが空くのよ。そうしたら改装してすぐにでもかな」 「え?上?」 「そう。le vantのすぐ上。だから、いつでも行ったり来たり」 「なんだ。それなら良かった」 店長になることが少し気が楽になった。 「で、上のブティック辞めるんですか?」 「ううん。元町の方に移転するの。うちのビルじゃ、ちょっと客層が違う気がしてたからね」 「そうなんですか。で、借りる話はもう大家さんにしてるんですか?」 「ん?大家?」 きょとんとする紀子さん。 「そりゃ、駅前ですよ。他の人に話が決まるかもしれないじゃないですか」 紀子さんほどの人が気付かないわけないのに…と不思議に思った。 「あそこ、私のビルなんだけど……」 「はあ?」 今度は私がきょとんとした。  
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