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レイチェル邸の方を見ると店の明かりは既に消えていた。
時計を見ると午後11時ちょっと過ぎだった。
閉店時間だ。
厨房の方から光が漏れている。
後片付けをしているのだろう。
声をかけようかと思ったが、今日は忙しかっただろうからやめた。
部屋へ戻るとドアの下に手紙があった。
コートを脱ぎながら差出人を見るとさゆりさんからだった。
[お風呂は直りました。迷惑かけてほんとごめんなさいね。うちの人もすまないねって言ってました。]
そう書かれてあった。
なんとなく、文面がさゆりさんらしくて笑えた。
その時、廊下をこっちへ 歩いてくる足音が聞こえた。
足音は隣のドアの前で止まり、鍵を開ける音がした。
瀬谷さんだ。
いつもこんな時間なのだろうか。
今日は帰りたてで部屋が静かだから聞こえたが、このアパートは意外と防音が効いていて、いつもはわからない。
ふと、お風呂が直ったことを伝えようかと思い、部屋を出た。
ノックしようとした時、
(でも、昼間に今日中に直るだろうって伝えたし……)
そう思って躊躇した。
(そうだ。なんで私が伝えなくちゃいけないんだ?それじゃまるで本当に大家さんの娘みたい)
そう思い直して部屋へ戻ろうとした時、瀬谷さんの部屋のドアが開いた。
「あれ?君は大家さんの娘さん、じゃなかった、えっと……鈴木さん?」
瀬谷さんが顔を出して言った。
「違います!それは前に住んでいた人でしょ?桐渕です!」
この人と話す時はなぜかいつもボケつっこみになるな……と、苦笑した。
どうやら、ドアの小窓に影が映ってたみたいだ。
「それで、どうしたんだい?」
こうして突然やってきた状況にもまったく動じない瀬谷さんだった。
「お風呂直ったそうです。とりあえずお伝えしておいた方がいいかなと」
「それは、ありがとう。すっかり忘れていたから、結果的に問題にはならなかったが、確かに、知っているのと知っていないのとでは導かれた結論は違っていると言っていいからね。うん、ありがとう」
「は?」
彼が何を言っているのかわからなかったが、一応お礼を言われたらしいことはわかった。
(なんなんだ、この人は……)
「そうですか、夜分失礼しました」
怒っていいのか喜んでいいのかよくわからない、もやもやとした気持ちで、そう言って帰ろうとすると、瀬谷さんが言った。
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