第3章 いつもと違う年末

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小一時間して、紀子さんが戻ってきた。 「じゃあ、私もお昼にさせていただきますね」 「はい。いってらっしゃい」 紀子さんは、にこにこして送り出してくれた。 「絶対何か企んでる……」 見え見えだが、どんな手を使ってくるのかちょっと楽しみになった。 今日は今年最後だから、よしおか珈琲にした。 店の奥に入っていくと、見覚えのある顔があった。 「あ、広瀬さん?」 (そう、来たか……) 見事に行動を読まれていた。 「あ、桐渕さん、こんにちは」 偶然を装う広瀬さんだった。 ここはさっきも考えたとおり、紀子さんの手に乗ってみるか。 そう思って、素直に挨拶した。 「奇遇ですね。ここにはよく来られるんですか?」 「ええ、やはり珈琲といえば、ここですよね」 「ご一緒してよろしいですか?」 この一言は私が聞いた。 それが筋だろう。 「どうぞ」 向かいの席を勧める手の仕草がやはり嫌みがない。 「この間はごちそうさまでした」 「いえ、ご満足いただけましたか?」 「はい。それはもちろん」 「紀子さんと海を眺めていましたね」 「見ていたんですか?」 「ええ、紀子さんはいつも食事の後行かれるから。二人で佇んでいるのが見えました」 確かに「広瀬」のすぐ下の砂浜だった。 窓辺からだと見えるかもしれない。 それはそれとして、こんな会話に慣れていない私は言った。 「えっと、そんなに丁寧に話さないでください。照れくさいですから」 「そう?ありがとう」 ふっと笑った顔が今日は素直に受け入れられた。  
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