第3章 いつもと違う年末

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広瀬さんは話が上手だった。 流れるように会話が続き、お互いの好きなことまで話は及んだ。 特に私が昔から好きで、今はほとんど活動していない「宮里祥子(みやざとしょうこ)」の話の時は、彼女がどんなに声が素敵でその曲の世界観が心を打つかと、つい語ってしまったが、彼はちゃんと心をそこに置いて聞いてくれた。 気が付くとお昼休みは終わりだった。 「そろそろお店に戻らないと」 「そう。じゃあ、今度うちの山の店の方にどうかな?夜景が素晴らしいんだ。ご招待するよ」 「はい。いいですよ」 「年末はどうするの?」 「とりあえず、実家に戻ります。年に一度は顔出さないと」 「そっか。じゃあ、年明け早々にご招待するよ」 「はい。お願いします」 私は招待を素直に受けた。 今日話してみて初対面の時と印象が変わった。 無理に避けるべき人ではなかった。 やっぱり、やってみる前から面白くなさそうとか、趣味じゃないとか、そんな感覚は間違っているように思われた。 なんでもやってみないとわからない。 人も接してみないとわからないというのが真理なのだろう。 広瀬さんはここの支払いを出そうとしたが、それは断った。 甘える女性だと思われたくなかったからだ。 でも、そう思った自分に少し戸惑った。 店を出て気付いたが、広瀬さんは私の携帯番号とメールアドレスを聞かなかった。 普通なら、招待するという流れの段階で聞くのではないだろうか。 彼が引っ込み思案でないのは当然わかる。 だから、それは彼の誠実さの現れなのかもしれないと思った。  
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