第3章 いつもと違う年末

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「珈琲でも飲んでいかないか?」 「え?」 「あ、いや、もうこんな時間だ。またに……」 慌てて取り消そうと彼が言いかけたので、 「いえ、お邪魔します」 心の中で(わん!)と言いながら私は即座に言った。 「そうか。じゃあ、どうぞ」 彼は珍しく笑顔で言った。 瀬谷さんが丁寧に入れてくれた美味しいカフェラテを飲みながら、また彼の研究について聞かされた…… 「君は、正月は帰るのかい?」 研究について一通り話し終えたらしい瀬谷さんが言った。 「ええ、明日帰ろうかと思ってたんですけど……」 彼がこのままここにいると聞いて、私も帰るのをやめようかと思った。 「ですけど?」 彼が例のきょとんとした顔で聞いてくる。 「傍に帰らない人がいるとわかると、なんか面倒くさくなってきました」 「君は主体性がないのか?」 彼は呆れて言った。 「そんなことないですよ。と、言いたいところですが、確かにないですね」 自分でもよくわかっていることだ。 「でも、人の意見聞いてその中から自分に合ったモノを選ぶのって、ある意味、主体性あると思いませんか?」 訳のわからない反論をしてみた。 「それを主体性がないと言うんだけどね。自分で先に行動してみたらどうだ?」 冷静にかわされた。 彼はかなり呆れているようだが、あまり表情が変わらないので意外と安心感がある。 ははは。 ふと、思いついた。 「先生!明日一緒に年越し蕎麦食べましょう!」 「ん?」 「私、実は蕎麦打ちができるんです」 びしっとVサインをしながら言った。 自分から行動しなさいと言われたので、してみた。 主体性というのもいいなと思った。 「そうか。それはすごいな。僕でもまだ習得できてないんだ。それは、本当にすごい」 瀬谷さんに返された言葉に、さっきの台詞を後悔した。 (この人、こだわる人だった。ただ打てるという程度なのに……失敗したらどれだけボロクソに言われるか……) まあ、なるようになる!そう思い直し、明日は頑張るぞと根拠のない闘志を燃やした。  
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