第3章 いつもと違う年末

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「じゃあ、私もそろそろ帰りますね」 カフェラテを飲み終えた私は言った。 「帰るのか?」 彼はきょとんとしていた。 「ええ。お仕事の邪魔しても悪いし……」 彼のリアクションに戸惑いながら言った。 「もう少ししたら一段落するんだ。一緒に帰らないか。年越し蕎麦だけでなく、晩飯も一緒にどうかな?」 思いがけないお誘いで驚いたが、嬉しいことだった。 正直、これから年越し蕎麦の時間までどうしようかと思っていたところだ。 「はい。いいですよ」 返事をしながら、瀬谷さんみたいな人が一体どんなところに連れて行ってくれるのかすごく楽しみだった。 「先生が女性を誘うなんて珍しいですね……」 八代が珈琲カップを片付けながら瀬谷に言った。 「そう?でも、桐渕さんは僕の研究に興味あるみたいでよく話を聞いてくれるから」 がくっ…… (そうだったのか……) 『うんうん、やっぱり』という感じで八代がうなずいている。 瀬谷さんにとって、私は「女性」じゃなくて「聴講生」みたいなものらしい。 そうかもしれない。 冷静に考えれば彼が女性に興味を示す感じは似合わない。 (ま、いっか) この年末を居心地の悪い実家以外で、誰かと一緒にいたいと思ったのは確かだ。 30を過ぎて以来(まだ1週間だが……)日頃と違うことをすると何かがありそうな気がするようになった。 希望を持つことは良いことだと思う。 (お、ちょっと前向きになってきたぞ) ただ、広瀬さんに、実家に帰ると言ったことが、結果的に嘘になってしまった。 (しかも、別の男性と過ごすなんて、なんか後ろめたいぞ……) まあ、瀬谷さんとはオトコとオンナの関係になることはあり得そうにないからいいか、と自分を納得させる私だった。  
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