第3章 いつもと違う年末

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午後9時になったので、瀬谷さんに蕎麦を打ちにレイチェル邸に行くことを告げると、彼は興味を示した。 「僕も行こう」 「はい?」 「だめかな?」 「いえ、大丈夫だと思いますけど」 「じゃあ、行こう」 彼はすごく乗り気だった。 楽しそうな人を見て悪い気がするはずがない。 私も急に楽しくなってきた。 レイチェル邸に行くと、まずはさゆりさんが迎えてくれて、後ろに立っていた瀬谷さんに驚いた。 次に厨房でマスターが迎えてくれてやっぱり瀬谷さんに驚いた。 でも、二人とも驚きながらも喜んでくれているようだった。 まあ、自分のアパートの住人だし。 まずは私が打ちはじめた。 しばらくすると、瀬谷さんが「そこはそうじゃない」とか「もっとこねて」とか言い始めて、そして「どきなさい」の一言で打ち手は変わった。 (う~ん、私が言い出しっぺなのに、これでいいのか?) と思いつつも、真剣に蕎麦を打っている瀬谷さんはかっこよかった。 マスター達もその手つきに感心していた。 結局、瀬谷さんは、納得できないと2回打ち直し、4人で食べる量を遥かに超えてしまったのでマスターが打つことはなかった。 「せっかくだ。ここでみんなで食べよう」とマスターが言ったら、瀬谷さんも「打ち立てが美味しいんだ」と話に乗って、その場で食べることになった。 とりあえず、瀬谷さんが席を立った時に、マスターとさゆりさんには『仕事の話』は絶対にしないようにと、きつく言いつけた。 彼らはそれを守ってくれたので、楽しい大晦日を過ごすことができた。 もちろん、瀬谷さんの打った蕎麦は、マスターを唸らせるほどの美味しさだった。 これで、まだ会得してないとは…… う~ん。 テレビが新年を告げたと同時に挨拶をした時には、みんなで炬燵に入って紅白を見てミカンを食べていた。 思えば不思議な光景だ。  
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