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午後10時頃店を出て、私を家まで送ってくれた後、広瀬さんはそのまま帰ろうとした。
どうしようか迷ったが、また迷惑はかけられないと思い、車に乗りかけた彼に言った。
「ちょっと待ってください」
私はそう言って、バッグから携帯を取り出して電話をかけた。
きょとんとしている広瀬さんの携帯が鳴る。
「私の番号です」
広瀬さんの顔がほっとしたようにほころんだ。
「ありがとう。こっちの番号を教えたはいいが、かけてもらえなかったので聞けなかったんだ」
「広瀬さんならすぐに聞きそうだと思ったんですけど」
「そんな風に見えるかい?ぼくは意外と小心者だよ」
恋のテクニックとかではなく、本当にそれに近いのかもしれない。
実際には、ただ誠実なだけなのだろうけど。
携帯のメールアドレスやSNSのアカウントも教えた。
「また、待ちぼうけにさせるのは申し訳ないですから」
「え?知ってたの?」
広瀬さんは驚いたように言った。
「ええ。あそこでは私、常連ですから」
「そっか……恥ずかしいな」
そう言いながら顔が赤くなったのがわかった。
(本当にそういう人なんだ……)
「そういうところ嫌いじゃないですよ」
少し安心して、つい言ってしまった。
「ありがとう。また誘っていいかな?」
「はい」
言ってしまった以上仕方ない。
距離感を感じないためには、もっと彼のことを知らなければいけないのだろうと思った。
部屋に戻ると、コートを脱いで窓辺に座り、カーテンを開けた。
ぼーっと夜景を見ながら今日のことを思い返していた。
クリスマスから何かに流され始めて、その流れに乗ってみようと思ったはずが、気を抜くとその流れから支流にそれてしまうような不安感を感じていた。
(今日はバイオリズムが低迷していたのかな……)
そう、カーテンを開けたのがその証拠だろう。
しばらくして、ノックが聞こえた。
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