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その話を聞いたのは十日程前、酒場に出入りしていたので情報が耳に入るのは当然であり、まだ若い彼が惹かれるには十分過ぎる内容だった。
赤と白で統一された正装を身に着けた街のギルドから来た男は、酒場の主に二言三言言ってすぐに出て行った。
囁くように言っていたが、ギルド員が入って来た途端に酒場は静かになり、その上彼は耳がいい。
酒の入った大樽を二つ、脇に抱えて運びながらそれを聞いていた彼は樽をカウンターの側に重ねて置いて、話を聞いていた酒場の主に近寄った。
「あのさ、さっきの話……」
「行きたいのか?」
即答された。
いや、まだ何も言っていないというのに質問を予想されていた。
「あ、ああ。うん。行きたい」
その事に呆気に取られ、少しどもりながら答えた。
「だろうと思ったわ」
ふぅ、と一息吐いて懐からあまり大きくない布袋を取り出した。
「これくらいあれば旅費にも困らぬだろう」
そう言って、軽い動作で袋を放って寄越した。
慌ててそれを両手で受け取る。
ズシリと重く、中に何が入っているのか、想像するのは容易だった。
「こんなにいいのか?親父」
布袋の中身を見ずにそう言う彼の視線の先にいるガタイのいい、袖なしの服を着た男がふんと鼻を鳴らし、
「今まで働いて来た分の給料だ。それに……」
そこまで言って一区切りし、
「俺は親だからな。この辺で親心を見せとかないと愛想尽かされちまうだろ」
頬を軽く歪めてそう言った。
「ありがとうな。親父……」
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