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「サンキュ、狩谷!おかげで、増岡の指名にも、対応出来そうだよ~!順番的にそろそろなんだよね」
俺が貸してから、十分もしない内に模写を済ませた絵里は、ノートを差し出して、明るい口調で言う。
増岡というのは、英語の担当の先生だ。…俺からは、特に言う事は無い。
「そりゃ良かったな。じゃあ、俺は寝させてもらう…」
「ちょっと待った~!」
俺が再度、机に突っ伏し睡眠時間を取ろうとしたその時、絵理が睡魔に負けそうな俺にストップをかけた。
…あれか、お前は日本代表に選ばれたゴールキーパーか。
「ちょっと狩谷に話があるの」
そう言うと絵理は、机の中から二枚の長方形の紙を取り出し、俺に笑顔を見せつけた。
その紙は、俺の睡魔を逆ノックアウトするには、十分過ぎる効力を持った紙であった。
「PUMPのチケットじゃねぇか!何処で手に入れたんだ!」
俺の驚いた顔を見て、絵里はどうだと言わんばかりの表情を見せつける。
絵理の持っていた二枚の紙は、高校生に人気のバンドのコンサートチケットだった。
俺は、そのバンドの《業》という曲を聞いてハマってしまい、絵理も全く同じだった。
「フッフーン、雑誌の先行予約で頼んでた物が、今朝来たの!もう、嬉しくて嬉しくて!!」
そう言う絵里の顔は、本当に嬉しそうである。
「なぁ…」
俺に一枚売ってくれ…と懇願しようとした時、絵里の口から、予想外の言葉が返ってきた。
「…という事で!狩谷、来月の第4日曜日、空いてる?」
…思わず耳を疑った。
「……え?」
さぞ、俺は間抜けな顔をしているのだろう。
「だから!PUMPのコンサート、一緒に行こうよ!!」
夢のよう―という言葉が、これほど合致する状況もあるまい、クラスで人気者の女子と、二人きりでコンサートに行くなど、まるでデ…
て、待て待て、落ち着け、俺。別に俺と絵里は、只の幼なじみってだけで、別にそういう関係では―
気付いた時には遅かった。
周りの、色々な感情が混ざった視線が、確実に俺を対象として捉えている。
女子の生暖かい視線が一割、スナイパーが獲物を仕留める時の様な男子の視線が九割、という所か。
「…どうしたの、狩谷?」
「……!!」
絵理の言葉で我に帰った。
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