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新しい部屋。
新しい街。
新しい生活。
ーー新しい、何かの予感。
透けるような青空に、太陽が白く輝いている。明け方まで降り続いていた雨もすっかり止み、木々の枝先や草花に名残の雫が残されていた。
ほんのり緑の香が漂う、清々しい春の朝。
「よし、洗濯終わり!」
ベランダにはためく衣服を見渡して、亜紀乃は満足げに呟いた。青空に白い洗濯物。色彩的にも絵になる光景だ。
「さて、次は…」
言いながら鼻歌混じりにくるりと後ろを振り向いた途端、その顔がブサイクに歪んだ。
目に飛び込んできたのは、乱雑な部屋の様子。その場に居るときは分からなかったが、離れてみると如何にキタナイ部屋か一目で見えてしまった。
「げ…」
知らず漏れるは、乙女らしからぬ呻き。
引っ越してきて三日めの朝。少しずつ荷物の整理は進めているものの、1DKの室内には、まだ手付かずの段ボールが見え隠れしている。
衣服、小物、雑誌と、まだまだ時間がかかりそうだ。
(めんどくさいなぁ…でも、やらないとなぁ)
亜紀乃ははあ、とため息をつき、踏ん切りがついたように顔を上げた。
三階のアパートからは、近くの商店街の他に、遠くの高いマンションまでが一望できる。
空は高く、風は心地良く、日差しが眩しい。当たり前の感覚が、今は無性に愛しい。
それらに目を写しながら、ゆっくりと目を閉じる。
(これから、新しく始まるんだなぁ)
またこんな日が来るなんて、あのときは思いもしなかった。
目を閉じれば、あの日々がリアルに蘇ってくる。
一瞬、息が苦しくなる錯覚を覚えた。
(…大丈夫)
これからは、過去ではなく未来に生きていくんだ。
これはその第一歩なのだ。
「…よし!」
回想から現実に戻り、亜紀乃はパチッと目を開き、腕捲りをして段ボールに向かおうとした。
と、その時。
ピンポーン。
「ん?」
引っ越し早々、来客を告げるチャイムが響いた。
「あきちゃん、居る?」
ノックと共に訪れたのは、律子だった。亜紀乃は急いでドアを開けると、笑顔で彼女を出迎えた。
「おばさん、おはよ」
「おはよう。近くまで来たから、ついでに顔出しに来たんだけど。どう?片付け進んでる?」
扉を開けると、ニコニコ笑顔を浮かべて律子が立っていた。
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