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池上律子。彼女が、東京での亜紀乃の実質的監督員だ。
亜紀乃の母親の由実とは2つ違いの幼なじみで、律子が東京に引っ越すまで、亜紀乃も小さい頃によく遊んでもらったことがあった。もう20年も昔のことだが、亜紀乃はその頃から律子が大好きで、今でもよく懐いていた。
パステルカラーのカーディガンに黒のパンツを合わせたスタイルは、どう見ても30そこそこで、とても高校生の息子が居るとは思えない。
「どぉれ」、言いながら律子はひょいと室内を覗き込んだ。
乱雑な空間をしばし凝視した後、一言。
「…あきちゃんは由実ちゃんに似たみたいね」
「あははは、そーなんですよー!もう母娘揃って片付けヘタクソで…」
「でも、これじゃあちょっとねえ…」
「う…」
笑ってごまかす手法は、律子には通用しないらしい。 居心地悪そうに亜紀乃は口を窄めた。それを見て、律子は思わず吹き出した。
「うふふっ、その膨れた顔、由実ちゃんそっくり」
「お、おばさん!」
照れ隠しも入り、亜紀乃は赤い顔で律子を見返した。
「ふふ。まあ、お掃除はあきちゃんに委ねましょ。それに本当は別の用できたんだし」
「え?別?」
「そ。仕事のことで」
「あ、はい。これからよろしくお願いします」
律子の言葉に、亜紀乃はかしこまってお辞儀をした。
律子はこのアパートの大家の他に、小さな衣料品店を一人で切り盛りしている。その店で働くことが、格安料金の引き換え条件だった。
給料はさして高くはないが、家賃は格安の月1万円。それが築10年、角部屋洋間8畳の1DK、しかもバストイレ別の物件と来た日には、こんないい話はない。
それに、色々事情を知ってくれているだけに、右も左も分からない都会暮らしの中では、隣駅に自宅を構える律子の申し出は有り難かった。
「私、とにかく頑張るから、よろしくお願いします!」
「こーら。頑張るのはいいけど、あきちゃんの場合はほどほどでいいのよ。人の何倍も頑張るんだから。無理は禁物」
苦笑しつつ、律子はぴん、と亜紀乃の額をつついた。「そうでした」と、亜紀乃もペシッと自分の額を叩く。
それをニコニコ見ていた律子だが、ちょっと眉をひそめ、言いにくそうに口を開いた。
「その仕事なんだけどねぇ…」
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