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男は目を凝らした。何か白いものが見える。棒状で、上に伸びている。最初はぼやけて見えていたそれは、だんだんと形になっていき、ついにはそれが何かを理解しえるものとなったとき、男はたまらぬ恐怖を感じた。その白いものは、足であった。人間の左足である。膝下あたりから上部は闇に隠されていたが、爪先は、間違い なくこちらを向いていた。これが意味することには、その足の持ち主もこちらを向いているということである。何者かに観察されている。男はそう理解した。早まる心臓の鼓動を抑えられない。そして、男の視線は、ゆっくりと膝から上へ、移動していった。最早、男の意思とは無関係だった。視線は移る。闇。闇。闇。闇。――目 。
男は、激しく後悔した。一つの目が、やはりこちらを向いていた。男は、身動きが取れなかった。声を出すことも、瞬きすることさえも許されなかった。男は絶望した。全てに。するとどうであろう。一つ目は、闇に溶け込んでゆき、それは全く見えなくなったのである。
男は、全身から力が抜け、体が軽くなるのを感じた。それと同時に、心にも余裕が生まれた。あれはきっと幻覚であったのだ。男は、自重気味に笑みを浮かべると、大きく一息ついて、頭を元の位置に戻した。その瞬間、男の時は凍りついた。先ほどの目が、今度は二つ、天井よりも遥かに低い位置から、自分を見下げていたのだ から。男が、自分の心臓が一瞬止まったことに気付いたのは、次の瞬間に動き出した心臓の鼓動をはっきりと聞いたことによる。男は、全身の筋肉を総動員して、瞼をきつく閉じた。そして自分に強く言い聞かせたのである。これは、夢。そう、夢なのだ。呪文のように、心の中で唱え続けた。やがて、男の意識は、本人も気付かぬ 内に、どこか遠くの世界へと、誘われていった。
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