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勇気は誰にも見せたことのないような暗い顔をしている。
「どうした?」
博貴は勇気の肩に手を置いてやった。
勇気は言いにくそうだったが、ゆっくり口を開いた。
「俺、恐いんだ…」
まさか、いつも活発で楽しいことしか知らないような勇気の口からこんな言葉が出るとは思わなかった。
「恐い…?」
「あぁ。このまま助けが来なかったら、俺達どうなるんだろうって…今は食料にも困らない、夜の寒さにも困らない。でもさ、冬は食料だってなくなる。寒さだって、俺達は知ってるだろ…?」
沙紀には言えなかったのだろう。
一日中ずっと考えて、独りで悩んで。
きっと勇気の頭の中では沙紀を守るという考えが中心なのだろう。
だから、沙紀には言えなかった。
そして、悩んでたんだ。
勇気と沙紀が出会ったのは小学校だったと聞いている。
と言うのは、博貴は中学2年の夏にここに越してきたからだ。
二人が同じクラスになったのは5年生の時。
勝ち気で男勝りの沙紀はずっと男子から嫌われていた。
それまでは喧嘩でも沙紀は負けなかった。
しかし、小学5年となれば男子もそれなりに力がついてくる。
ある冬の日の昼休み。
男子の一人が女子の手さげで足を引っ掛けて転んだ。
それに対し理不尽にも女の子のせいだと言って叩こうとした。
勇気は興味もなかったが、さすがに手を上げるのは不味いだろうと立ち上がった。
しかし、それよりも早く沙紀が男子の前に飛び出した。
「やめなさいよ!アンタが勝手に転んだんでしょ!ダサいのよ!ダサいの!」
沙紀は男子を挑発して自分に怒りを向けさせた。
男子は首に青筋を立てて沙紀を突き飛ばした。
沙紀がしりもちをついたその時に男子は近くの椅子を手に取った。
さすがの沙紀もその時は涙目で、腰を抜かしていた。
「この野郎!!」
男子が振り上げた椅子を思い切り振り下ろそうとしたが、なぜか振り下ろせない。
勇気が一生懸命に後ろから抑えていた。
そのまま勇気の右膝が男子の脇腹に入り、男子は「痛い、痛い」と叫びながら転がった。
「大丈夫か?」
勇気が沙紀に手を差しのべた。
沙紀は目を擦って涙を拭いてから手を取って立ち上がった。
それが二人の初めての接点だった。
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