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 そう言い残して既に靴を脱いでいる昌平は、二階へと続く階段を駆け上がった。  しかし最後の一段を踏みしめても祖母の姿はなく、現れる気配も一向になかった。  部屋へと続く襖は、鍵がかかっているかの様に固く閉ざされている。昌平は不思議に思いつつも、殆ど躊躇い無く襖を開けた。  ・・・そこには、苦しげにうずくまる祖母の姿があった。 「ばーちゃんっ!」  とるものとりあえず駆け寄り、祖母の顔を覗き込む。顔中に脂汗が浮かび、どれが皺でどれが口でどれが目なのかわからなくなる程に顔は歪んでいた。 「あ・う・」  昌平の顔を確認して笑みに近いものを見せたが、それもほんの一瞬で消えてしまった。水を打った様に静かな空間の中、昌平の殆ど悲鳴のような声だけが響いていた。  祖母は、そのまま還らぬ人となった。  あの後、祖母を呼ぶ声が少年たちの耳に届き、比較的冷静な第三者だった彼等がすぐに救急車を呼んでくれた。  おかげで「あと何分早かったら・」と言われることはなかったが、結局はそういう運命だったのだろう。  八方手は尽くしたが祖母の体調は一向に快方へと向かわず、一月を数えることなく病室のベッドの上で静かに息を引き取った。  不思議なもので精霊の様な家の主がいなくなると、皆魔法が解けたかの如く考え方が変わり、僕たちは祖母の四十九日を終えた後にすぐ家を出た。  当然というか買い取り手はつかず家はそのままだが、それでも都会に新居が持てる位の蓄えが両親にはあったようだ。  以来十数年、僕たちはそこで暮している。  ベッドで眠りこけていた昌平は、突然弾かれたように起き上がり、時計に目を向けた。   16時50分。17時からバイトなので、急がないと間に合わない時間だった。慌てて身支度を整え、家を飛び出す。  そして愛用の原付で発進しようとしたその時、進行方向にいた人たちの会話が、スッと耳に入ってきた。 「おばあちゃんは千里眼なんだよー」  そこには年端もいかない少女と、その少女の背の高さに合わせて腰をかがめる老女の姿があった。  最初は不思議そうな顔をしていた少女も、しばらくして満面の笑みを浮かべた。    昌平はその近くをなるべく遅い速度ですり抜け、一度振り返ってからスロットルを全開にして走り出した。 終
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