5556人が本棚に入れています
本棚に追加
/1039ページ
「蕨(わらび)ぃぃぃぃー!!」
京の都の夏の緋色がかった夕刻の空に、その声は谺(こだま)した。
呼ばれた本人は、自分の家の縁側で足を投げ出し、爽やかな風に腰まである髪と、橙の着物をなびかせ、のんびりと空を眺めていたところだった。
蕨は一瞬ビクッとし、自分がいるところから少し離れた手前にある家の門に目を向ける。
しばらくすると、その門からひょこっと声の主が顔を出す。
十代後半くらいの少女だった。
肩まである髪は、後ろで二つにまとめられていて、背は十代後半にしては少し大きい。
麻の生地で作られた藍染の着物には、涼しげに泳いでいる赤と黒の金魚が一匹ずつ描かれていた。
蕨は一瞬でそれが親友であると気付く。
「みなちゃん!」
蕨はいそいそと、下に脱ぎ捨ててあった草履を履き、親友の元へ走っていく。
「早う早う!」
みなちゃんと呼ばれた少女は、蕨が自分の元へ来るや否や、その右手首を掴んで家の前の道へと飛び出した。
「何?何やの?」
少し息を切らせながら、蕨は背を向けて走っている親友に問う。
みなちゃん――湊(みなと)――は、何も答えずに走る速度を緩めた。
最初のコメントを投稿しよう!