彼女は生きる手段を知らない

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「アパートの家賃は8万、私が6万出して、ひよとハギオは1万ずつでいいから。あ、でも、私が一番多く払うんだから、一番日当たりいい部屋貰うからね」 ぼくはもう何も言えなくなったのでコーヒーを啜るふりをして口を塞いだ。美咲は気持ち悪いくらいに濃いミルクティーに角砂糖を落とす。 喫茶店はよくよく見るといろんな人々が出入りしていた。群れてやってくるおばさんに、高校生。恋人同士に、親子連れに、美咲のような若い女たち。 だれかが入るとだれかが出てゆく。人が、ぞろぞろと流れている。それは川のようで、でも、さらさらと流れる川なんかではなくて、工業排水がどろどろと流れる、死んだ魚の浮いた川。 ぼくは思わずコーヒーカップを倒してしまった。 「大丈夫?」 美咲がぼくの顔を覗き込んでいた。どうやら椅子からも倒れてしまったようだ。 「外行こう、外」 美咲はテーブルの上に千円札を置き、手早くぼくを外へと引きずるように連れていった。ぼくの視界は天井や床や壁をひたすらにぐるぐると回っていた。
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