ぼくの ある非日常

2/7
前へ
/68ページ
次へ
ぼくには、十一歳の妹がいる。 さらさらしたショートの髪も、ビー玉みたいな眼にも、ちょっと明るい茶色がかった女の子だ。 さっき妹は、くすんだ緑色のカマキリを吐き出した。 カマキリは今、少し赤で汚れた二本の鎌を不器用にごそごそと動かして、湿っぽいフローリングの床を這っている。 上から見下ろすと、ちょうど鳥の足跡のかたちだ。 脚は全部根本からちぎれて、そのうち一本だけが妹の手のひらにあった。 残りの脚がのどにひっかかっているのだろう、妹がしきりに痛そうな咳をするので、ぼくはそばに行って背中をさすってあげる。 咳は止まらない。 妹自身がソレを吐き出してしまいたいのだから、当然だ。 ぼくは小さい頃の喘息の発作を思い出す。 お母さんがいつもこうして背中をさすってくれたけど、ちっとも楽にはならなかったっけ。 きっとそこにはただ、気休めの意味しかないんだ。 苦しいとき、誰かがそばにいてくれるという、救い。
/68ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2323人が本棚に入れています
本棚に追加