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「さあ、麻酔はもう効いていますよ」
メスを差し出される。
しかも、刃がこちらを向いている。
けがはしたくないので、ぼくはそれを受け取らない。
それでもメスを突き付けてくる、そのあまりに純粋な笑みを見ていられなくて、クロアゲハに視線を移す。
ひくひくと脚や羽が動くので、死んではいないことがわかった。
胴体を両断するようにメスが突き立てられているので、もうすぐ死ぬことがわかった。
「‥‥‥どうしてこんなことを?」
ひとりごとだ。
ぼくは目の前のこんなことが、とがめられるべき罪悪だとは思わない。
思う資格も、願望もない。
ただ理由が知りたかったが、ぼくが求めるそれは晶帆さんの理由ではなかった。
だから、ひとりごと。
「搬送されてきましたから」
要らない答えを返して、晶帆さんは消えることのない笑顔を深める。
さんざん誘導されたすえに、ぼくは数学の問三を解く。
「だれに?」
「救急隊員の麻姫さん、です」
聞こえるか聞こえないかのうちに、病室を出た。
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