ぼくの ウゴメく胎児

8/13
前へ
/68ページ
次へ
「さあ、麻酔はもう効いていますよ」 メスを差し出される。 しかも、刃がこちらを向いている。 けがはしたくないので、ぼくはそれを受け取らない。 それでもメスを突き付けてくる、そのあまりに純粋な笑みを見ていられなくて、クロアゲハに視線を移す。 ひくひくと脚や羽が動くので、死んではいないことがわかった。 胴体を両断するようにメスが突き立てられているので、もうすぐ死ぬことがわかった。 「‥‥‥どうしてこんなことを?」 ひとりごとだ。 ぼくは目の前のこんなことが、とがめられるべき罪悪だとは思わない。 思う資格も、願望もない。 ただ理由が知りたかったが、ぼくが求めるそれは晶帆さんの理由ではなかった。 だから、ひとりごと。 「搬送されてきましたから」 要らない答えを返して、晶帆さんは消えることのない笑顔を深める。 さんざん誘導されたすえに、ぼくは数学の問三を解く。 「だれに?」 「救急隊員の麻姫さん、です」 聞こえるか聞こえないかのうちに、病室を出た。
/68ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2323人が本棚に入れています
本棚に追加