2323人が本棚に入れています
本棚に追加
「回覧板持ってきたの」
暗い緑の板が隙間から差し出される。
ぼくは慎重に受け取ろうとしたが、片手がドアを押さえているので支えきれず、床に落としてしまった。
「あぁ、」
ごとん、と硬い音。
まだ小さいカブトムシの幼虫が下敷きになって潰された。
「ちゃんと取ってよぉ」
「あ、あさきちゃんがドア開けようとしてるから‥‥」
「じゃあ開けて」
「‥‥だめ」
ため息が出そうになる。
この同い年のはずのお隣りさんは、問題が全くわかっていない。
「ここはインフルエンザウイルス汚染区域だって言ってるだろ」
昨日も一昨日も、一週間前からずっと。
そういうことにしてある。
「いいからいいから。別にうつっても」
「だっ、だめだって!」
強引に押し開けようとする力に、ぼくは自分の限界を見た。
麻姫ちゃんは女の子で、しかもぼくより背が低いのに‥‥。
「その‥‥怖いウイルスだから‥‥お母さんだって入院してるんだよ」
途端にふ、と力が弱まる。
しばらく間をおいて、うれしそうな声が返ってきた。
「腥太君、心配してくれてるんだ」
ますます笑みを深めた三日月眼が、閉じたドアの向こうに消えた。
「その優しさに免じて今日は帰るね。みんな治ったら学校行きなよぉ」
ぼくのため息は多分、聞こえなかったと思う‥‥。
最初のコメントを投稿しよう!