ぼくの ある非日常

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「回覧板持ってきたの」 暗い緑の板が隙間から差し出される。 ぼくは慎重に受け取ろうとしたが、片手がドアを押さえているので支えきれず、床に落としてしまった。 「あぁ、」 ごとん、と硬い音。 まだ小さいカブトムシの幼虫が下敷きになって潰された。 「ちゃんと取ってよぉ」 「あ、あさきちゃんがドア開けようとしてるから‥‥」 「じゃあ開けて」 「‥‥だめ」 ため息が出そうになる。 この同い年のはずのお隣りさんは、問題が全くわかっていない。 「ここはインフルエンザウイルス汚染区域だって言ってるだろ」 昨日も一昨日も、一週間前からずっと。 そういうことにしてある。 「いいからいいから。別にうつっても」 「だっ、だめだって!」 強引に押し開けようとする力に、ぼくは自分の限界を見た。 麻姫ちゃんは女の子で、しかもぼくより背が低いのに‥‥。 「その‥‥怖いウイルスだから‥‥お母さんだって入院してるんだよ」 途端にふ、と力が弱まる。 しばらく間をおいて、うれしそうな声が返ってきた。 「腥太君、心配してくれてるんだ」 ますます笑みを深めた三日月眼が、閉じたドアの向こうに消えた。 「その優しさに免じて今日は帰るね。みんな治ったら学校行きなよぉ」 ぼくのため息は多分、聞こえなかったと思う‥‥。
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