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その日の夕方。
ゆずゆは直秋の働く施設の前にいた。
一時間位待っただろうか、職員用の通用口から直秋が出て来るのが見えた。
駆け寄るゆずゆに気がつく直秋。
「直秋っ」
と後ろから可愛らしい女性透子が現れる。
「おお」
「あ、知り合い?」
ゆずゆに気がつくと軽く頭を下げる透子。
「じゃあ私先に行ってるね」
と直秋に手を振り、ゆずゆにニコッと笑い足早に歩いて行く。
耳は聴こえなくても、ゆずゆには唇の動きで彼女が言った言葉がわかっていた。
「どないしたん?」
(これから彼女とデートなんだ?)
怒ったように手を動かすゆずゆ。
「そんなんちゃうよ」
(ちゃんと彼女に説明しなきゃね、あいつは耳が聴こえなくて可哀想な子なんだって。だから相手してやってるだけだって)
「は?」
(彼女もあたしが耳が聴こえないって知れば安心するでしょ。君とどうにかなるはずないって、圏外だって)
「なんやねん?何が言いたいんかわからへんけど、あいつはそんなんで人のこと区別するようなやつちゃう」
(ちゃんと彼女を庇うのね)
「は?ちゅーかなんやねん?なんか用があって来たんちゃうんか?」
(別に。やっぱりいい。あんたに頼んで恩うりたくない)
「なに?」
(あんたは偽善者だって言ってるの。こんなとこで働いてるのも、あたしに優しく出来るのも、そーすればあんたが気分いいからでしょ。可哀想な人間に手を差しのべて)
「なにイラついてんのか知らんけどなぁ、俺に八つ当たりすんなや。俺はそんなんで介護士なったんちゃう、自分にかって可哀想やなんて一回も思ったことない」
怒ったように言う直秋。
「ひねくれるんは勝手やけどなぁ、都合悪いこと全部耳のせいにすんなや、自分が一番自分のこと可哀想や思てんちゃうか」
直秋はそれだけ言うと帰って行ってしまった。
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