10人が本棚に入れています
本棚に追加
/164ページ
自分にはそんな笑顔を見せてくれた事は無かったのに
あの子が、あんな顔をするなんて知らない
そんな表情を見たことなんて一度も無い
男は少年に嫉妬していた。
しかし、男にはこの感情が分からなかった。
他の男の嫉妬心を煽ることは日常茶飯事であっても、自分がほかの男に嫉妬するなんて一度もなかったのだ
その日の夜、男はいつものように少女のもとを訪ねた。
少女の家は小さな喫茶店を経営していて、病に伏した母と、外に働きに出ている父の代わりに一人で店を切り盛りしているのだ
男はいつものように少女に話しかけ、いつものように抱きついては少女の怒りを買っていた
だが、その日の男は普段と違っていた
男は店に自分と少女しかいなくなったことを良い事に、少女を壁際に追いやり攻め立てた
「何故俺と話す時はそんな顔しかしないのか」
「俺といるのはそんなにつまらないのか」
「あんな普通の男のほうが良いのか」
怯える少女のことなど気にせず、男は少女に怒鳴り続けた
そしてその時、見てしまった
服の間からかすかに見えた赤黒い痣と、顔を赤らめた少女の表情
少女はもう駄目だと悟った。ここが引き際なのだと
そして少女は言った
「最初から好きでしたよ。あなたはどんな女性からも好かれ、どんな女性も自分を好きになると思っていたから、だからあえて素っ気ない態度を取り続けていました。
貴方といると楽しくて、些細な会話もとても楽しかったです。
でも、あなたの前で笑ってはいけなかった。それをすれば、私はもう貴方に目を向けてもらえなくなるから」
と
途端、男は自分の気持が覚めていくのを感じた。
人とは残酷なもので、あれだけしつこく落としてやろうとしていた少女の存在が、その言葉を聞いた途端にどうでもよくなったのだ
男は言った
「ふぅん。じゃあいいや」
少女も言った
「そう言うと思っていました」
それ以来、男は少女の元を訪れることは無かった。
最初のコメントを投稿しよう!