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数年の後、男は身内の見舞にとある病院に来ていた。
あれから男はきっぱりと女との関係を切り捨てて、実家の家業を継いで真面目に生活していた。当然、妻はいない
言いよって来る女性もたくさんいたが、男は全て断わり、黙々と仕事をしていた
外傷を負ったという親戚の見舞を済ませ、ふらふらと廊下を歩いていると、小さな子供たちが車いすに乗った女の人の周りに集まっているのを見つけた
気になって覗いてみると、男の表情が固まった
あの時の少女
車いすに乗り、だいぶやせ細ってはいたが、あの時の少女が子供たちと楽しそうに笑い合っていた
少女の目が男の姿をとらえた
一瞬、驚いたように目を見開いたが、途端柔らかい表情へと変わり、こんにちは、と言った。
あの頃、一度も見たことの無い穏やかで、陽だまりのような暖かな笑顔
男は言葉を紡ぐことが出来なかった
「お久しぶりです」
少女は、子供たちに囲まれながら言った
「こんなところで会うとは思ってもみませんでしたよ。
…あの頃よりもずっと素敵になられましたね」
「それに比べて、私はこんなガリガリになってしまって、なんだか恥ずかしいです」
あはは、と笑いながら少女は言った
男は胸が熱くなった。両目に熱がこもり、胸から熱がこみあげ、あ、あ…と声にならない言葉しか出てこない
「少し体調を崩してしまって、念のためこちらで入院しているんです」
少女の言葉が嘘だということは分かり切っていた。
ここは4階。
別名、最終病棟
他の階よりも清潔感があり、他の階よりも穏やかな空気に満ちた、悲しい階
男の視界は、徐々にぼやけてきた
溜まった涙で前が見えなくなるほどになっていた
「ど、どうされたんですか?何かあったのですか?」
少女は焦ったように男を見る
男は耐えきれなくなり、少女を抱きしめた
数年前、ふざけ半分に抱きついた時よりも骨ばった小さな体
その感触に、男はまた罪悪感に苛まれた
何より男を辛くさせたのは、こんな姿になってしまったというのに自分を恨もうともせず笑顔でふるまう少女自身
彼女をこんな姿にさせたのは、確実に自分のせいだ
それなのに、少女は自分を心配するのだ
男は声を上げ、泣いた
その様子に、少女はこの男が全て知っているんだと悟った
少女は男が泣きやむまで、優しく背中を叩いた
子供をあやすように、安心させるように
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