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「…良かったのですか?」
看護師が言った
「ええ、彼にだけは、真実を告げないようにしてるんですよ。
今も、昔も」
少女は言った
この日は少女の最期の日
今日の夜、彼女は特殊な電波を用いてこの世を去る
少女の病は、潜伏期間が長く、発病すると苦しい痛みに苛まれる恐ろしいものだった
治療法が見つからず、多くの人は発病を恐れて安楽死の道を選ぶという
少女もその一人だった
数年前に父親も過労で倒れ、亡き人となった
今少女が治療を受けられるのは、喫茶店に来てくれていた町の人々が出してくれたお金のおかげ
しかし、治療法の見つからない病を抱えて、いつまでも町の人たちの迷惑になることも出来ない
だから、まだ潜伏期間でいられる今のうちに、苦しまずにこの世を去ろうと、前々から決めていた
今日までは、予想通りに穏やかな毎日を過ごすことが出来た
予想外は、あの男と再開したこと
少女にとっては辛くも嬉しい再開だった
明日、もしかしたら男は悲しむかもしれない。
誰も悲しませたくなかったけれど、でも最後の最後で会えて良かったと彼女は思った
最後の最後で、男に何かを伝えることが出来た
それだけで、少女はこの長いようで短いようで長かった人生に価値があったと思えた
少女は、男が去って行った廊下をしばらく見つめた後、車いすを押す看護師に言った
「お待たせしてしまってごめんなさい。お部屋に戻りましょう」
「はい」
少女の表情は、とても穏やかで、温かいものだった
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