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昼間面白くないことがあった 夜は、通俗なビデオを好んで観る。 『パルプ・フィクション』、 『ブレードランナー』、 『バットマン』シリーズ、 ヒチコックものと、BGV用の 演目を指で辿りながら 『テルマ&ルイーズ』に 白羽の矢を立てる。 気持ちが 穏やかな日のためには、一連の ジェイムズ・アイボリィ作品や 集めているゲイフィルムの作品群があるけれど、美しすぎる レズビアン映画の『月の瞳』などは、泣けるのがわかっているからなかなか手が伸びない。 それらは、宝物のように、 居住まいを正してから観なくてはならない。 心が裏側まで 全開になってしまうから、 覚悟がいる。 精神が安定していないと、 しまい込んだ欲求が表に 突き抜けてしまいそうで恐い。 そしてその仲間に、 留美から託された 『サーモンベリーズ』が加わった。 私は『テルマ&ルイーズ』の ラスト直前までが好きだ。 ふたりの女性が、 社会権力を象徴する男達や銃器やヘリや何かに囲まれ、 逃げ場を失い、キスして車ごと崖から飛び降りる、その一瞬までがたまらなく好きだ。 崖の救いようのない深さに 気付かされる寸前までが、 好きだ。 けれど彼女達は死んだのだと、 それを認識することで、 やるせない気持ちになる。空中に飛び出した オープンカーの映像、 そこまでは爽快なのに。 カモミールティーの入った マグを両手で包み込み、 ふかふかのカーペットに 腹這いになる。 私の手で、 あの男の性器を 潰してやりたいと心から願う。 虚構の世界とわかっていてもだ。でも心配はいらない。 ルイーズが彼を抹殺してくれる。即死させたのは、 つくづくもったいないと 感じるけれど。 画面の中で、父が死ぬ。 既に冷たい御影石の下にいる 私の父親が。 二度観れば二度死ぬ。三度死に、 四度死に、観る度に、 彼は必ず銃弾をくらって倒れる。 男らしさと同義に語られる筈の、ペニスに似た銃身を持つ銃と、 肉を穿つ硬い銃弾によって、 命を貫通される。 ある時雨宮は、 「磨知は、男がみんな レイピストだとでも言いたい みたいだな」 と呟いた。 深い意味はなかったろう。しかし私は、心の奥にあるわだかまりを吐き出したい衝動に駆られてしまった。 止められなかった。 雨宮にそんなことを打ち明けても、彼が困るだけだと思いながら、 それでも彼への甘えが勝った。
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