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「私は、レイプの子だから」 言ってしまってから、 雨宮に済まない気持ちが溢れた。 「秘書をしていた母は、 雇い主からレイプされたの。 たった一度で身ごもった。 相手は、好きだから抱いたのだと言った。彼女は、その初めての男の元へ嫁いだ。実家を飛び出してね」 聞きたくない話に違いない。 「私が生まれた。 その時にもう別の女がいたみたいだけど、でも、思い通りの家を 建ててくれたらしいわ。 だから彼女はとっても幸せなの」 「いつ、聞いたんだ?」 「生理があった時よ。十二歳。 それで、結婚するまで処女でいないと私みたいになるとかって、 なんかわけわからないことを 言ったの。鬼のような顔で」 雨宮は複雑な表情をして、 裸の胸に私を抱き寄せた。 「きっと作り話さ。 もし本当だったら、そんなこと 言ったりしない。嘘なんだよ、 磨知。そんなのは嘘だ」 「……そうね、きっと嘘ね」 涙声になりそうで、 私は大きく息を吸い込んだ。 その呼吸が、小刻みに震えた。 記憶もおぼろなあの一瞬から、 私は、この世界に生まれ落ちるべきではなかったのだと、 そう静かに確実に思いつめた。 すぐいつもと変わらぬ日常の光景に溶けた母親の笑顔にも、 執拗な問いかけは消えることなく、 私の頭の中で渦巻き巡った。 レイプから始まっても、 相手を愛せた? 「ママ、なんで 磨知には弟も妹もいないの?」 愛してる人を、レイプできたの? 「パパ、またお泊まりでゴルフ?」 私に理解できないような情動が、そこにはあったの? お腹に宿した命のために、 なんて絶対にそれだけは お願いだから言わないで。 考えたくもない。 「そう、嘘だったのよ。 ね、たまたま気が立ってて、 かわいげのない娘を いじめてみたくなったとか。 私が真に受けたなんて、 思いもしなかったんじゃない?」 泣いているのがバレたと わかったけれど、 なんでもないふりを通して 雨宮の胸に耳を当てた。 鼓動が聞こえた。背中を撫でる、 指紋のがさがさした手のひらが 心地よかった。 私は男とは愛し合えない。 対等に認め合うことが 不可能だから。 男を、見下すのでなければ、 支配するのでなければ、 ダメだから。 それは根拠でなくでたらめな 理由をでっち上げてでも。 女の私からの、男性蔑視。
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