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お願いしますと言ってくる 相手と、セックスならできる。 快楽を施してやろうと、 そんな不遜な自分を演出して。 絶頂感を死に譬える 習わしに従えば、 私は素手で男を殺すことが 可能だから。 アイスピックで刺しは しないけれど。 母は、自分の後悔を娘に 繰り返させまいとしたのかも しれない。 初潮を迎えた大事なひとり娘に かなり脚色した楔を打ち、 その効力の強さにまで 思い至らず、 誰もが漏らすような夫への不満を並べた。それは同じ女としての 気安さから。 私もまた彼女と同じ 自我を持つのだと、 母親らしい未分化な 勘違いをしでかして。 男は狼なのだという教え。 良縁が舞い込むまで 娘を守ってくれる筈だった それは、効きすぎの薬。 狼に用心しろと 言いたかったのに、娘は攻撃せよと理解した。 敵であると。狼を狩れ。 真正面から憎むことは、 愛することと表裏一体。 目が離せなくなる。 敵対することが意味となり、 反語が私を作る。 エスピオナージはいずれ 感化に似てくる。 彼らの文脈に、私が縛られる。 人は、 見たものを欲望するでしょう? 親近感、羨望、欠落感、軽蔑、差異、憎悪、プライド、復讐。 泥が堆積していく。 画面の中の、テルマは行動する。 車が、ハイウェイが、銃が、略奪が、彼女の道具になる。 男達の道具が。 望んだものは手に入れる。 一晩限りのファックでも、 欲しかったのだから 恥じることはない。 望まぬものからは、 地の果てまでも逃げてやる。 あんたらは信用できない。 そんな相手と、戦う気はない。 ふたりは飛び立つ。 手の届かないところへ。 取り囲んだ男達の 無数のライフルも、 彼女達に触れることは叶わない。触れさせないこと。 和解よりは孤高を選ぶこと。 不寛容。 髪の毛一本、自由にはさせない。 傷つけさせはしない。 奈落の底に自らを葬る。 これ以上傷つかない。 ふたりは、傷つかない。 私は、とりあえず 眠りに就くことができる。 昼間見た女の笑顔は、 ふっくらと幸せに包まれていた。 「磨知ちゃんじゃない?」 知らない女は 親しげに言ったのだ。 「やっぱり磨知ちゃんだ。 変わらないねぇ。私わかる?」 仕事場での私は営業モードだ。 さっぱり見当がつかないとは 言わない。 曖昧に、でも充分に好意を込めた笑顔を作る。相手を促すために。 「わからないのも無理ないよね。 私、オバサンになっちゃったから。二人目産んでから太っちゃって。中学卒業して以来だよね」 だから、あなたは誰? 「杏子、垣内杏子。今は川野だけど」
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