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タートルのセーターと キャミソールを脱ぎ、乱れた髪を手ぐしで結い上げる。 テンセルのパンツは、ボタンを外しただけでするりと下に落ちる。 鏡に映るシャンパン色をした ブラジャーが、ベルギー製であることを思い出す。 硬いカップのない、 ストレッチレースで支えるタイプのそれは、まるい形の乳房をやんわりと包んでいる。 繊細なレースの隙間に、 糸の色よりも一段濃い突起が 透けて見える。 排卵後の乳首は、布の些細な刺激だけでも勃ち上がる。 ベルギー、留美のいるベルギー。 ホックを外し、レースでできた 小さな布きれを剥ぐ。 ピンクの混じったキャラメル色の乳輪が、外気に触れて収縮する。 見つめながら、そっと指先で辿る。 乳房のたわみから腋の下へ、 手のひらで触れる。 吸い付くような女の肌は、 明らかに男とは違っている。 ショーツを脱ぐと、 雨宮の指摘を思い出す。 私の体毛は、 髪がそうであるように、 色素の抜けたような栗色をしている。そして細く柔らかい。 彼に言われるまで、気付かなかった。 私の裸体に対するイメージは、 ポール・デルヴォーの絵に尽きる。裸婦と電車ばかり描き続けた ベルギーのシュルレアリスト、 そう、これもまたベルギーだ。 吸い込まれそうな遠近法の、 生気のない街角や室内に、 顔の画一化された女が佇む。 ここはどこでもない。記憶の迷宮。だから風景は克明かつ不自然で、拠り所なく、懐かしい。 画上のどこにも光点がない 可視の闇。それなのに、 すべては長く濃い影を持つ。 彼女たちは若い。 大きくはない乳房と、 なだらかな腰、そして様式化された豊かな髪を持っている。 その顔に表情はない。 下半身の体毛だけが、 植え込むように丁寧に生き生きと描き込まれる。丹精を込めて。 ペンキ絵に近い画面の中で、体毛だけが写実の技法で表される。 黒々と密生し、画家の妄執を一身に集めたかのように。憧れの肉体。この手のひらで確かめたい、 理想の裸体。私を誘う。 私はそこに何を見ているのか。 美なのか、欲情なのか、 それとも損なわれてしまった 完璧な母への思慕なのか。 父の手で汚されたと訴える母。 崩れてしまった家族の神話。 それでも母は、家が建ったからと言う。だから人並みに幸せだと。
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