8/11
前へ
/92ページ
次へ
「次に寝室は和洋どちらで?」 「洋室で、 ウォークイン・クローゼットを つけたいの。それと書斎コーナーみたいなのも」 パソコンの墓場になる流行りの ミニ書斎ね。平然と書き留める。 「子ども部屋の数と、 客間に関してのプランは?」 「子ども部屋は二つ、洋室で。 客間は八畳ぐらいの和室がいい」 「わかりました。 それで、分譲地ですが ご希望はございますか?」 夫婦の顔を交互に見る。 返事がないので、ご主人は市内にお勤めでしょうかと振ってみる。 「市内なんですが、 多少通勤に時間がかかるのは 仕方ないと思っています」 夫が言う。 それは、市内の高価な土地でなく、近郊のニュータウンで安価な 分譲地を見つけて欲しいという ことだ。フォローをしておこうと考える。 「最近は市内よりも便利な、 ニュータウンが造られています。大型スーパーや学校は 自治体主導で整備されてますし、坪単価が手頃なので、 ガーデニングのできる庭や 二台分の駐車スペースをとることも可能です。 町自体が若いので、これから子育てなさる方にお勧めです。」 安心したように 杏子がほほえんだ。 「磨知ちゃんみたいに 女の人が営業だと、すごく気が楽。わかってるな、って感じ」 本性は似ても似つかないわよ。 それに男性営業マンだって、 私と同じことを言うわ。 要は受け取り手の心構えね。 女が相手だと、 警戒しなくていいから。 でも、それってどういうことなのかしら? 「ありがとうございます」 すべてを押し隠すように、 会心の笑顔を作る。 換気扇の音だけが聞こえる。 浴室では、 なぜか一日の仕事を振り返る。 汗と共に排水孔へ流してしまおうとするかのように。 杏子に対してだって、 いつも通りの営業活動だった。 『テルマ&ルイーズ』を 引っぱり出さなくてはならない程のストレスなど、 どこで生じたのだ? 私は勢いよく風呂から上がると、 バスタオルを被って冷蔵庫の前に立つ。 扉にマグネットで留められた 絵はがきが、私の動きを止める。 それは出会って間もなくの頃、 留美がくれたものだった。
/92ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加