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子どもの私は、 絵は描くものであって、 見てあれこれと想像を巡らすのはいけないことだと思っていた。 既に幼稚園の頃に、私は絵の中の女性に恋をしていたから。 宝石で飾られた半裸のサロメ、 透ける薄衣をまとったビーナス、全裸で鎖に繋がれ救出を待つ アンドロメダ、 奴隷市場で顔を隠すフリュネー、白鳥と絡み合うレダ、 美女を従えた処女神ディアナ。 肉体は性的発達を遂げていないのに、理由もわからず私は彼女達を求めた。 そして、快楽の次に来る理不尽な後ろめたさを内に隠した。 性を意識することなく、 ふわりとしたミルク色の乳房と 薔薇色の小さな乳首を飽かず眺めた。 嗜好ははっきりしていた。 知的な顔と白過ぎない肌、 小さな乳房にやはり小さな乳首、ポコリと丸い腹、お尻のえくぼ。 全裸よりも、髪飾りか宝石を身につけていて欲しい。 もし着衣なら、ボッティチェリとダ・ヴィンチの描く眼差しが好きだ。 小学生に上がる頃には、 エロティックな自意識が育っていた。 自分がなぜ絵を好きなのか、 その秘密に気付いていた。けれど友達にすら打ち明けなかった。 表面上は、 私は元気な良い子だった。 ピアノを稽古し、暗くなるまで外で走り回り、マンガもテレビも見、夜には読書した。それは熱心に。 親は何も知らず、 知的好奇心に応えてやろうと 画集や本を与えてくれた。 神話はおろか聖書すら 欲望の目で読むことに、 気付こう筈もなかった。 留美は私に、 絵画の知識があるのかと問うた。期待のこもったその瞳に、 私はそんな上等なものではないと首を振った。 私は節操なくきれいなものが好きだから、少しは本もかじったけどね、と。 きれいなもの、それが女性を意味するのだとは言えない。 神話や歴史や聖書の知識が、 すべて性的好奇心に動機づけられているなどと、言えるわけがない。 その上あなたにも 欲望を持っている、などとは。 決して。 絵はがきを見つめたまま、傍らのパジャマを手探りで身に付ける。留美は実に嬉しそうに これをあげると言い、これからも絵の話をしましょうねと私の腕に触れたのだ。 「磨知さんは、 もしかしてクリスチャン?」 「高校生ぐらいまで。 今は無神論者」 「私も、子どもの頃信じてたの。 かなり影響されてるかな。 ああ良かった。感性が似た人って、得難いですよね」 きっと同じではないだろう。 私は、触れられた部分が 痺れる感覚に有頂天になりつつ、醒めた意識で自分の汚らわしさに唾棄していた。
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