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「315円になります」
ピンと立てられたビニール袋の持ち手を掴みながら、僕は千円札を差し出した。
時刻は21:46。
50分発のバスに間に合うだろうか。
僕はレシートと一緒にお釣を受け取ると、それをポケットにねじ込み急いでコンビニを出た。
一月の寒さは、容赦なく僕を襲う。
時折強く吹く風に震えつつ、時計を見ながら歩みを早めた。
小走りでエスカレーターを下ると、少し先のバス停に赤いブレーキランプが見えた。
よかった、間に合った。
僕が安堵して乗り込むと同時に、後ろでドアが閉まる。
空いた席に腰掛け、僕は目的の駅までしばし眠ることにした。
まったく、今日はついていない。
『…駅東口でございます』
まさか慣れたバスを乗り間違えるとは思わなかった。
いつもは西口に降りるはずが、バスを間違えた為ぐるりと反対に回ってしまったのだ。
些細なことではあるが、多少落ち込んだ。
重い足取りで少し遠くなった改札まで向かう。
と。
微かに聞こえた、若い歌声。
方向は前から。
最近かすんできた目を凝らすと、先に若い青年がいるのが分かった。
ストリートミュージシャンという奴だろうか。
いつも僕が通る西口にはいなかった。
少し興味が湧いたので、通り過ぎるついでに見て帰ろうと近寄った。
思ったより若い青年だった。
明るい茶色の髪が、駅の電灯に鮮やかに照らし出されている。
構内に座り込んだ彼は、ギターを掻き鳴らしながら一心に歌っていた。
その歌声は、決して驚くほど上手いわけではなかった。
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