785人が本棚に入れています
本棚に追加
--殺される。
ゆるり、とその金の双眸がこちらを向いた時、本気でそう思った。
相手はもう、指一本動かすことすらままならない状態であると、判っていながら。
漂う死の香を感じていながら。
心の底から、恐怖した。
それほどまでに、冷たく、熱く、激しく鋭い目だったから。
両親の命を奪ったあの時と、全く変わらない目だったから。
……逃げなければ。
瞬間的に浮かぶ判断。背を押す衝動は、本能か。
押し寄せる波、恐怖、畏怖、焦燥、けれど。
イシュカは本能に逆らった。
鳴り響く警鐘に、耳を塞いだ。
そして、差し延べたのだ。
その手を、腕を。
手に、入れたのだ。その恐怖の存在を。
……しかし、ね。
心中で呟き、イシュカは小さく溜め息を漏らした。
やはりこの手に収め、閉じ込めておくにはこの存在は大き過ぎたか……。
眼前の男、その体から放たれる威圧感、鬼気を一身に受ける度、そう思う。
手負いの獣は厄介であるが、その傷が癒えた獣のほうがもっと厄介だ。
しかもその獣は百獣の王的存在である。
「……アレイスト」
名前を呼ぶ声に、若干溜め息が含まれるのも、否めないというもの。
「触れてもいいかい?」
また数歩近付き、問いかける。返事はないが、それを無言の肯定だと勝手に解釈することに決めて、彼女はアレイストの前にしゃがみ込み、視線の高さを合わせた。
そっと手を伸ばし、頬に触れる。抵抗はされなかった。貫くような視線は相変わらずだが。
「ねえ、アレイスト」
イシュカは笑う。
「何故わたしを殺さないのかい?」
花のように、可憐に笑う。
「今の貴方でも、それくらいたやすいのでは?」
「……ならば何故、貴様は私を生かす?」
質問には答えず、可憐に微笑むイシュカを、僅かに細めた目でみつめてアレイストはようやく口を開いた。
「……いつもと同じ問いだ。いつも答えを明かさずに終わる」
「お互いにね」
片眉を上げ、悪戯っぽい表情でイシュカははらはらと笑った。
そして彼の頬に当てていた手を、す、と下げて彼の装の釦に指をかける。
細い指が一つ、一つとそれを外してゆき。
その行動に対しても、彼は全く抵抗を見せずに。
「貴方は哀れだね。こんな人間の女に囚われて」
やがて露になったその胸に、イシュカは、つ、と指を走らせた。
最初のコメントを投稿しよう!