二章

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 --殺される。  ゆるり、とその金の双眸がこちらを向いた時、本気でそう思った。  相手はもう、指一本動かすことすらままならない状態であると、判っていながら。  漂う死の香を感じていながら。  心の底から、恐怖した。  それほどまでに、冷たく、熱く、激しく鋭い目だったから。  両親の命を奪ったあの時と、全く変わらない目だったから。  ……逃げなければ。  瞬間的に浮かぶ判断。背を押す衝動は、本能か。  押し寄せる波、恐怖、畏怖、焦燥、けれど。  イシュカは本能に逆らった。  鳴り響く警鐘に、耳を塞いだ。  そして、差し延べたのだ。  その手を、腕を。  手に、入れたのだ。その恐怖の存在を。  ……しかし、ね。  心中で呟き、イシュカは小さく溜め息を漏らした。  やはりこの手に収め、閉じ込めておくにはこの存在は大き過ぎたか……。  眼前の男、その体から放たれる威圧感、鬼気を一身に受ける度、そう思う。  手負いの獣は厄介であるが、その傷が癒えた獣のほうがもっと厄介だ。  しかもその獣は百獣の王的存在である。 「……アレイスト」  名前を呼ぶ声に、若干溜め息が含まれるのも、否めないというもの。 「触れてもいいかい?」  また数歩近付き、問いかける。返事はないが、それを無言の肯定だと勝手に解釈することに決めて、彼女はアレイストの前にしゃがみ込み、視線の高さを合わせた。  そっと手を伸ばし、頬に触れる。抵抗はされなかった。貫くような視線は相変わらずだが。 「ねえ、アレイスト」  イシュカは笑う。 「何故わたしを殺さないのかい?」  花のように、可憐に笑う。 「今の貴方でも、それくらいたやすいのでは?」 「……ならば何故、貴様は私を生かす?」  質問には答えず、可憐に微笑むイシュカを、僅かに細めた目でみつめてアレイストはようやく口を開いた。 「……いつもと同じ問いだ。いつも答えを明かさずに終わる」 「お互いにね」  片眉を上げ、悪戯っぽい表情でイシュカははらはらと笑った。  そして彼の頬に当てていた手を、す、と下げて彼の装の釦に指をかける。  細い指が一つ、一つとそれを外してゆき。  その行動に対しても、彼は全く抵抗を見せずに。 「貴方は哀れだね。こんな人間の女に囚われて」  やがて露になったその胸に、イシュカは、つ、と指を走らせた。
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