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首に掛けられた彼の手に、僅かな力が込められたのを感じた。
しなやかなその指に備わる、長い爪が肌に食い込み、血が滲み出す。
「……アレイスト」
しかし、それ以上の力は込められず、多少息苦しさを感じる程度に留まる。
「アレイスト・グレイ・アルファード」
まるで一つの詩を綴るようにその名を紡ぎ。
「わたしを殺すかい?」
まるで人形のように熱のない表情で再び問い掛けた。
「殺すかい?アレイスト」
「……貴様は」
「わたしを殺して、貴方も死ぬかい?」
それが……、と。
「それが貴方の望みなのかい?」
彼女は、笑った。
殺したい……死にたい。目がそう叫んでいる。
自分が死ねば、この部屋から出ることができないこの男も必然的に死ぬ事になる。
自分しか場所を知らない、この部屋で。
ただ、一人で。
しかし、ふいにその手が離れ、息苦しさが消えた。
熱を帯びた彼の目が一瞬だけ伏せられ、また彼女を見据えるように向けられる。
急に首筋から消えた温もりに、むしろ困惑して彼女は片眉を上げて彼を見詰め返す。
「出て行け」
呟くようなその言葉に、イシュカは今度はどこか困ったように微笑んでみせた。
「可笑しいね、貴方はいつも」
殺したい、死にたいと叫んでいながら、いつもそれを実行に移さない。その機会は今までに、充分にあったはずなのに。
それを判っていながら、あえて放置していたのに。なのに、いつも結局。
「本当に、結局どうしたいんだい?」
血の滲んだ首筋を軽く一撫でして、彼女は立ち上がった。
目線の下、恐ろしくさえ感じるほどに美しき魔性を見つめて。
「……殺さないでくれて有難う。わたしはまだ死ねないからね」
そう言って彼の手を取り、口づけた。
「同様に、まだ貴方を手放す気もないし、死なせる気もない」
笑う。花の様に、笑う。
「また来るよ。貴方が嫌がってもね」
城は相も変わらず騒がしかった。
自室に戻った彼女は、またつまらなそうな表情で窓の外を見つめている。
ふいに、その口元が綻ぶ。その微笑は、けれど、可憐というには毒を含み、嘲笑というには無邪気すぎた。
--国の者が知れば、何と言うだろうか。
幾度となく頭をよぎる疑問。
王女が魔王を捕らえ、生かしているなどと知れたら。
イシュカはそれを想像する度に、微かな笑みを浮かべるのだ。
そして、最後に決まってこう心中で呟く。
どうでもいい、と。
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