始章

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 ……くだらない。  無駄に長くきらびやかな廊下を歩きながら、今度は口に出さずに心の中で呟く。  ……くだらない。  この国も、国を担う人間も。……そしてこの城を、この国を一瞬にして混乱の渦に投じた、その原因も。  思い出し、僅かな毒を含んで彼女はまた呟いた。くだらない、と。  それは半年前に起こった、まだ記憶に新しい出来事だった。  そう、この国の誰もが震撼した、あの事件。  ……魔王と言う異名を持つ男による国王とその后の殺害事件だった。  クラウディア国から東北へ進むと、巨大な森に囲まれた小国が存在する。  魔国アルファード。その名の通り、魔の眷属が住まう国だ。 クラウディアとアルファードは魔の森と呼ばれる森を挟んで隣接しており、魔と人間という種族の違いから長きにわたって確執していた。  種族の違い……それは未知と異質なる物への恐怖を生み出し、またそれが憎しみへと変わる。  特に、敏感になったのは人間側……クラウディア国の方だった。  魔族は人よりも強靭だ。人はか弱い。故に人は魔族を恐れ、魔族は人を嘲笑う。  そんな互いの感情の濁流が、隣接しているのだ。森に隔たれた両国はいつからか、互いを疎ましく、そして憎み合うようになっていた。  険悪な両国の関係。それが近年悪化の一途を辿り、ついには張り詰めた糸が切れたかのように弾け飛んだ。  ……戦争が、引き起こってしまったのだ。  攻めいったのはクラウディア国のほうであった。  アルファードは魔族の国といえど、クラウディアの三分の一ほどの人口しかない小国。その勝敗はクラウディア国の圧勝と言う形で終わった。  アルファードはほぼ滅びたといってもよい。  だが、勝利に酔うクラウディアを、一瞬にして混乱と恐怖に突き落とした者がいた。  その者はアルファード国王であり、その巨大な力と冷酷さから魔王という異名を持つ男、アレイスト・グレイ・アルファードであった。  滅びた国で唯一生き残った彼は、半死半生にも関わらず単身クラウディアに乗り込み、あたかもそれ以外に目的はないと言わんかの如く、国王と后のみを殺害。  その時の光景は今でも鮮明すぎるほどに思い出すことができる。  それは突然であり、一瞬であった。勝利の宴に歓喜するその中、刹那ともいえる間に起こり、終わった。
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