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その場にいた全ての者に、なすすべは無かった。ただ、呆然と事の後に立ち尽くすばかりでしかなく。
イシュカ自身も、その中の一人であり。
鮮明な色、それは紅。美しさを覚えるほどに舞い散ったそれを浴びて、堂と佇むその者。
鼻につく血臭。それは今この場で、あまりにも呆気なくただの肉の塊となった自分の両親のものなのか、その慘劇をもたらした男のものかは分からない。
と言うのも、その男自身、一目で死を予感させるほどの傷を負っていたからだ。
にも関わらず、彼はそれを感じさせないほどに、優美に、堂と佇んでおり。
その光景は、どこか非現実的。だが現実、恐怖した。
人であらざる者と一目で判るほどに激しく、美しき金の双眸。
ゆるりとそれを動かし、己が手にかけた者達の骸を一瞥した後、彼は全ての興味を失ったかのようにその場を離れた。
誰一人として、彼を留めようとはしなかった。いや、できなかった。
出来るはずもない。誰が、この男を……。
それを最後に、魔王は一切の消息を絶った。
負っていた傷の深さから、死亡したと唱える者もいれば、彼の魔王という異名をしらしめた巨大な力から、まだどこかで生きている、死ぬはずがないと唱える者もいたが、真実は結局確定できぬまま現在に到っている。
だがそんな事実よりも、何の前触れもなく国王を失ったことのほうが重要であり、難題であった。
故にその事件よりこの半年、国はその後処理と対応を迫られて混乱している。
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