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「昔はね、魔女がいたんだよ。魔女が文明を失わせたんだ」
ある村の男性がそう言っていた。
魔女……?
ソレが、真実なのだろうか?
act.1
麦藁菊<むぎわらぎく>
――全ての便利なモノを失った世界で、彼は『心』を探し続ける。
人々が文明を失ってから久しい──いや、遠い彼方になる。テレビやラジオ、掃除機や洗濯機、自動車や電車など人々にとって便利なモノは全て、消え去った。
ソレらを失ってから、人々は未だに文明を取り戻せてはいない。
それどころか、人々は自然界での絶対的な地位までも失っていた。『村』から一歩でも外に出れば、腹を空かした野獣にたちまち喰い殺されてしまうだろう。
それでも人間特有の知恵だけは、遺されているらしい。野獣の嫌がる『火』を絶やさずに焚くことで、身を守るのだ。
あまりに狭い『村』は、かろうじて人間の絶滅を食い止めているが──その時は近い。
「……よかった。『村』だ」
ボロボロにほつれたマントについたフードで頭を隠した者が、『村』の入口を見つけて呟いた。
闇のように黒い瞳をフードから覗かせると、そいつはフードを脱ぐ。
赤茶色の髪があらわになり、そいつがまだ若い男だとわかる。
「探さなければ。『心』がなければ、生きてはいけぬ……」
無表情で男は、空を見上げた。
彼の傍らに、開花したばかりの桜が優しく風にゆらゆらと揺られていた――。
今の季節は、『春』。
様々なモノ達が『目覚める』季節。
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