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保健室にはまだ先生がいなかった。職員会議でもやっているのだろう。それにしても、保健室の鍵を開けたまま行くなんて、ぬけている先生だ。
「そこ座りなよ」
先輩は慣れた手つきで、テキパキと傷の手当てをしてくれた。ぷいっと顔を背ける。
「頼んでもいないのに、勝手なことしないでください」
私は本当に素直じゃない。
「自分ひとりでできたのに」
ありがとう、と一言言いたいのに、それが正反対の言葉として出てくる。
「優しくしないでください」
せっかく恥ずかしい私とサヨナラできると思ったのに。先輩にまた、恥ずかしい私を見られてしまった。
「迷惑だったか」
先輩は笑いながらテープを手に取った。私は答えられなかった。
「そっか」
先輩がその沈黙をどう受け取ったのかはわからない。だけど、どう転んでもいいはずがなかった。
先輩は足首にテーピングをすると、包帯をぐるぐると巻き始めた。
「へたくそ」
私の口から出た声は、いまにも泣きそうなものだった。
「昔から包帯だけは、うまく巻けないんだよ」
私は先輩から包帯を奪い取った。
「ありがとう」
先輩の足首を固定していく包帯。先輩はこんなにも素直に、ありがとうをくれた。ああ、涙がこぼれる。
「ありがとうなんて言わないでください」
ぐずぐずと鼻をすする。
「言わなきゃいけないのは私のほうなのに」
先輩はくすりと笑った。
「ありがとう」
悔しい、悔しい。
「嫌いだ」
私は泣いた。
「先輩なんか嫌いなんだもん」
うそ。大好きだ。
先輩は優しく頭を撫でてくれた。
「優しくしないでぇ」
私は小さい子のように、思い切り泣いた。
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